冬ぶなの冷たき幹に抱きつけば過行く風の甘きざわめき
わが生の契約更新するごとく注文したり青いザックを
ぶな森のわかば繁れる木の下に昏くよどみぬ甘き充足
七色に草原の霜をひからせて朝陽が昇る尾瀬の大地に
「コスモス」に白山風露の歌ありてうれしくなりぬわが好きな花
晩秋の森に残れる一枝の火のごと赤きヤマモミジの葉
人気(ひとけ)のなき頂にたてる標識の十字架のごと空に刻まる
瑞々しい笑顔のごとき真っ白なイチゲの花咲く上越国境
夕暮れの淡きひかりに包まれて雪渓をくだる長次郎谷(ちょうじろうたん)
老齢のわが岩登りをサポートす二人の友の声は明るし
雪渓のまぶしき光に身をまかせ岩を蹴りたり剣岳 夏
さゆさゆと稲穂をゆらし吹く風の視線の先に越後三山
残雪の青き割れ目を跨ぎつつ小屋に近づく春の駒ケ岳
まずはじめ遠くで鳴った風音(かざおと)が爆風となりてテントを襲う
神様の恋文のごと枝先に吊るさるひかりを口に入れたり
唐松の紅葉ひかる渓を経て真白き峰の奥穂高岳
色彩のなき雪山にもがくときわれを包みぬまばゆきひかり
山行きのたびにせつなき風に会うあまりに深く山を愛せば
わが胸の凹みの型に流れ込む色彩のなき穂高連峰
枯れ枝をぽきぽき鳴らし登りゆく蓬峠に冬の風ふく
晩秋の山みち行けば串刺しに朽葉あつまるストックの先
冬山の一歩一歩をラッセルす白紙の残り愛おしみつつ
わが背(せな)に熱い視線を感じつつ力ふり絞る国境の山
ポケットに孫一の本入れし日は遠くにひかる白き稜線
冬近き尾瀬原ゆけば柔らかき陽ざしにひかる樺の裸身よ
みちの無き山にもぐればしなやかにわれを拒絶す灌木の枝
ゆく雲をしばし休ませひっそりと水を湛える明神の池
秋山の奥に入れば人生のしとねのごとき笹の青さよ
みずいろのカーテン引けばきらきらと結露がひかる山小屋の朝
地の匂い草の匂いに包まれてシュラフに眠るわれの山旅