山たび歌たび

短歌でつづる山の感動

誰だろう見送る気配感じつつ山を下りぬ小屋仕舞いの日

道脇の観音像を抱きかかえそっと寝かしぬ小屋仕舞いの日

エメラルドの水に浸かれば惑星の小石となりぬ黒部川遡行

長年の夢がかないし頂に夕風の吹く朝日連峰

見下ろせば一夜を過ごしし山小屋がそっと見送る三面の奥

川の名を五つ渡りて銀色の海に戻りぬ尾瀬沼の雨

翡翠色の水を湛えし暗き瀞ひかり求めてわれは泳ぎぬ

森深き川のほとりで眠るとき高く低くに瀬音の鳴りぬ

一匹の岩魚となりて森深き川を遡上す われは生きてる

はつ夏の渓流に浸す足の先ひかりの底を岩魚がはしる

草原(そうげん)の髪飾りのごと紅き実を池塘に映す岩菖蒲の恋

存在を問うことなかれ稜線にそっと佇む小さき池塘

白神山地(しらかみ)の雨ふる森をくぐりゆく大き命にこころ濡らして

線香とカップ酒持ちて会いに行く君を奪えし一ノ倉沢へ

米子沢を登り終えたる仲間らともらもら茹でしそーめんの味よ

山頂をめざす登山者の窓を横切る駒ケ岳初秋

満ちたりしわれの心の結実か源流にひかる真っ赤な苺

不意に来し冷たき風に立ち止まりすこんと抜けた空を仰ぎぬ

寝しずまる小屋を抜け出し水底の小石のごとく月を見上げる

青春の思い出探しにやって来し男と話す山小屋の夜

水汲みに沢に降りればほんのりと枯草匂う駒ケ岳の秋

谷埋めるデブリを越えて登りゆく春一番の越後駒ケ岳

登りたき山多かれど高峰(たかみね)はむらさき色に薄れゆくなり

雪渓の消えゆく順に花咲かす短き夏の高山植物

ごんごんと風がぶつかる山小屋で薬缶のお湯をポットに移す

生命の飛沫のごとく降り注ぐ光にあらがう米子沢遡行

娘の名に夕雨子と付けし岳友とザイルを結び穂高を攀じる

山小屋の業務日誌を書き終えてふとんの中で聴く風の歌

さわさわと笹がすれあう稜線の風のかるさよ駒ケ岳は秋

透きとおるぶなの若葉の隙間より残雪ひかる越後駒ケ岳